幸せなダイバーシティ、しなやかな働き方改革

ダイバーシティ推進や働き方改革の本質を一担当者として語りたい

会社は「考える」のか

3つの会社でダイバーシティ推進と働き方改革をしてきたMeikoです。担当者として感じていること、学んだことなどを書いています。

 

ちょっと時間が経ってしまいましたが、サイボウズの青野さんの「会社」という人はいない、という発言のまとめです。

togetter.com

個人的にサイボウズには思い入れがあって、なぜかというと10数年前に初めて買った株がサイボウズだったからです。そして5倍くらいになって売りました。今考えると一種のビギナーズラックだったのかもしれませんね。その後青野さんの働き方改革の講演を聞きに行ったときに御本人に「株買ったんですよ〜」という話をして「それはありがとうございます!」と言っていただいたのですが、すでに売却済みだと言いそびれてしまいました。ゴメンなさい!今は株主でも何でもありませんが、青野社長のファンです。

話を戻して「会社」という言葉の使い方には私も違和感を持っています。「それは会社の考え方と違う」「それに対して会社はどう思うのか」という表現もよく聞きますが、会社自体が考えたり、思ったりはできないですよね。こういう言い方をしている時、わたしたちはおそらく社長とか部門長、もしくは自分の上司をまとめて「会社」として受け止めているのだと思います。たとえ自分の上司と社長の考えが違ったとしても。

そういう意味では実は「人事」という言葉も同じように使われると感じています。「人事にどう思われるか」「人事が判断した」などもよく聞きます。厳密には人事部長や人事課長、あるいは人事部の一担当者という場合もあると思います。具体的に顔を思い浮かべてみれば想像がつくことも、「会社」とか「人事」という言葉が主語になった瞬間、どうしようもないというあきらめ感が漂います・・・。

ちなみに、異動や配属も「人事」が判断しているわけではなく、各部門の管理職や部門長、人事課長、役員や社長など「誰かの提案を誰かが決裁する」という形で決まるので、そこには必ず特定の人々が関わっています。なんとなく、「会社」や「人事」という神様のような(みなさんのこれまでの経験と日頃の言動、将来のキャリアをすべてわかっている)存在がいるような気がしてしまいがちですが、そんなことはありえません。そして人事にいる人達も異動によってどんどん入れ替わっていきます。

市場やビジネスモデル、各社の戦略が変わり続けている今、自分のキャリアを考えることは自分にしかできないのではないかなと感じています。得体の知れない「誰か」に委ねてしまうのはとても危険なのではないでしょうか。

 

とはいえ子供には「おもちゃにも心があるんだよ」と言ったほうが何かと都合がいいMeikoでした。

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